春日大社の神職が案内する朝のお参り

5月から9月の土日祝、朝6時半に一の鳥居出発で、無料で春日大社参道を案内してもらえる、ということはずいぶん前から知っていたのですが、行く機会がなかなかありませんでした。が、今日は海の日で祝日、しかも早く目が覚めたので、ちょっと行ってみました。

うっかりスマホの充電をし忘れていた(コードがぬけてた)ため、あっという間に電池切れでそれ以上写真は撮れず。今度ジョギングしたら撮って補足します。

 一の鳥居を過ぎてすぐ、影向の松。能の舞台の背景にある松のモデル、として有名ですが、枯れてしまって今は新しい松を育成中。この松の前で、春日大明神が翁になって舞った、といういわれがあり、若宮御祭(12月17日)ではここで芸能が奉納されるそうです。

 

 

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一の鳥居から本殿南門までに小さい6つの橋があり、それを渡るたびに人は浄化されるそうです。お参り前に参道を歩けば、知らないうちに浄化される、ということですね。(いつも裏から入ってくる私は、浄化される前にお参りしちゃっています。)

神社の中にも2つ橋があるそうですが、一般人には渡れません。

最初の橋は馬出橋(うまでばし)で、若宮御祭ではここから二の鳥居を越えたところの馬止橋(まどめばし)まで800m(今はお旅所までの300m)を、赤と青の馬で3回競馬して、その結果で後で御旅所で行われる納曽利と蘭陵王(なそりとだんじょう)の順番を決めるのだそうです。

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御旅所まで行く間に、大きな木がありました。ムクロジ、という、樹液が泡立ち石けん替わりにつかわれた、という木ですが、この木を貫くように竹が生え、大木の途中からその姿を見せています。珍しい~。

 

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御旅所は、12/17の一日のみ、使われる場所です。12/17の0時に若宮が神職に連れて来られて、23時に連れていかれるまで、滞在中に芸能が奉納されます。

最初に竹垣に結ばれた紐「らち」を解かないと祭りが始まらないことから、らちがあかない、の言葉が生まれた、という説があるとか?

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このあたりの右手が奈良公園の飛火野。くすのきの大木がありますが、それ以外はなくて原っぱ。実は陸軍演習で切り開かれたからだそうです。で、1本残っているくすのきのところに、演習を見にいらっしゃった明治天皇が座られた、ということだそうです。その後、県所有の鹿苑となったけれど、柵を設けたところ、ここに鹿が集められていることを知ったオオカミが鹿を食べてしまったため、鹿は基本的に奈良公園内に放されるようになったそうです。今は1300頭ほどの鹿がいるそうです。

 

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今の鹿苑は、初夏の鹿の出産をフォローするほかは、交通事故にあった鹿を治療目的で収容したり、人に危害を加えた鹿をクールダウンさせるために収容したり、宮司さんによれば、「病院と刑務所」の役割を果たしているのだそうです。今年は約200頭の子鹿が生まれたそうです。これは最高記録だとか。でも毎年だいたい150頭が死んでしまうので、50頭くらいプラス、ということだそうです。

 

春日大社には石灯籠が2000基、釣り灯篭が1000個奉納されているそうです。

古いものは室町以前のものもあるそうです。(若宮神社と本殿の間)

二の鳥居から先には、石灯籠がどんどん増えていきます。

参道の脇には大きな杉の木があってそれにも驚かされるけれども、その根が這いまわっていることにも驚かされます。これは、御蓋山のあたりは、地表から1m下には岩盤があって、地面に深く根を下ろせないため横に這ってしまう、ということだそうです。そのため、台風などの風で大木が簡単に倒れてしまうんだそうです。

武士や貴族など、車や馬でお参りに来た人も、二の鳥居で下馬、下車です。二の鳥居の少し先に、車舎があり、牛車のようなものが置かれています。

春日大社神職は、高畑に200人ほど住んでいたそうです。奥の禰宜道、上の禰宜道、中の禰宜道、下の禰宜道、とありますが、神職が帰宅時に菜種油で灯篭に点火しながら帰ったとか。夜にお参りする人のために。

今も、近隣の小学校では菜種油を作って、春日大社東大寺に奉納しているそうです。

二の鳥居の先、手水場のすぐ先に、左に鋭角に入っていく道があります(剣先道)。これは、藤原家専用の参道だったそうで、藤の木の鳥居があります。藤原ですから。また、この道の根元に、夫婦灯篭、と呼ばれる灯篭があります。角のある牡鹿と角のない妻鹿がレリーフされているけれど、道に面しているのは牡鹿。男が前面に出て、妻は縁の下の力持ち、と宮司さんはおっしゃっていました。

白藤茶屋の近くに、「春日大明神」と彫られた石灯籠があります。だいたいの石灯籠には「春日社」とか、「常夜灯」と彫られているのに。大明神は15基ほどしかなく、3基見つけられたらお金持ちになれるとか。

この近くにある杉の木、枯れているのですが、その切り株の真ん中から新しい杉が生えてきています。珍しい!

本殿の南門の前には、磐座があります(囲われているのですぐわかる)。これは、南門に掲げられていた額が落ちて開いた穴をふさいでいるとも言われているそうです。

石、といえば、南門から若宮神社に向かう道の真ん中に石があります。これは暗い道を歩くときにこの石に当たれば、まっすぐ行けば若宮神社、右に曲がれば参道、という道しるべ的な物で、さぐり石、と呼ばれているものだとか。

ところで、若宮というのは、本殿で祀られている、大阪の枚岡神社から迎えた3の神の天児屋根命、4の神の比売神の子供の天神雲根命のことで、もともとは本殿の3の神のお社の隣にお社があったそうです。が、1100年頃に若宮神社を作り、お社も同じものを作って移した、とのこと。本殿のほうのお社は見ることができないけれど、若宮神社のお社は見ることができます。

・・・というのが、今日のお話でした。結構盛りだくさんのお話で、知らないことも多くありました。近い内にもう一度、じっくり見てこようと思います。